かにちゃんねる

わたしとわたしの周りの変な人たちの話

おっぱいを出したら自己肯定感がすげー上がった話

お久しぶりです。かにちゃんです。

 

年末から珍しくバタバタしていて、書きたいことも特になく・・・

相変わらずゆるくやらせていただいてます、はい。

 

というのも、わたし、働きはじめたんですよ。

いえーい脱無職。

 

でもまあ無職が一番勝ち組ですわ、間違いなく。

 

さて、なんで働こうと思ったかというと、この人のブログを読んだからです。

 

www.dokodeneru.com

 

衝撃でした。何度か読んで、ちょっと泣きました。

取り立てておっぱいが大きいことに悩んでたわけではないんですけど、生きる上で特に役には立たないよなあと思ってたんですよ。自分のおっぱいなのに。

 

それでもきっとどこかにあったんでしょうね。

自分の肉体を曝け出したいって気持ちがね。

 

とりあえずヌードモデルでもやってみっかってことで応募したら、なぜかAVにスカウトされまして、それはちょっと違うだろうって事で(このエピソードはまた改めてブログにしたいと思っている)都会の片隅のガールズバーで働きはじめました。

 

セクシーなコスチュームを着て働くお店。

 

水商売的な事なんて経験はゼロだし、不安しかなかったんですけれど、これがもう楽しいのなんのって。

 

昔からなぜかスナックのママに向いてるって言われ続けてきたんで、水が合うんでしょうね。

 

でも、やっぱり最初はおっぱいを出すのに抵抗があったんですよ。

なんか、おっぱい大きくてゴメンなさい、みたいな思いがどこかにあって。

 

そしたら、初日に接客したおじいちゃんが、こう言ってくれたんですよね。

 

「あなたね、こういう店ではおっぱい含め、"顔"なんだよ。いーじゃない、巨乳。わたし大好きですよ。」

 

涙出るかと思いました。

 

他人からしたらただのエロオヤジじゃんって思うかもしれないんですけど、いいんです、わたし出したくって出してるんです。

自慢したいんです、だって大きくて綺麗なおっぱいなんだもん。

 

夜のお店だから「セクハラ」って概念がないわけです。「かわいいね!」と「おっぱい大きいね!」が同じくらいの重さで浴びせられるわけです。おはよう!こんばんわ!と同列の「君何カップ?」なんです。

おっぱいが大きかったので会社員を辞めてポールダンサーになった話 - 今夜、どこで寝る 

 

今までずっと、顔が綺麗な女の人はあんなに堂々と晒したっていいのに、なんでおっぱい大きい人は見せびらかしちゃいかんのや!

と思っていましたんで、もう自分のおっぱいをね、惜しげもなくさらけ出せるのがものすごく嬉しいわけですよ。

うちのお店は女の子も結構遊びに来てくれるんですけど、可愛い女子たちに「うわー綺麗なおっぱいですね。触ってもいいですか?」とか聞かれたらね、本当に生きててよかったなあと思うわけです。

 

わたし、ほんとに生きててよかった。

 

高給貰ってお仕事していた時にも、ボランティア活動してみた時にも、何人かの恋人から愛されていた時にも、全然感じられなかった満足感を、わたしは薄暗いガールズバーのカウンターで感じている。

 

 

人間なんてそんなもんなのかもしれませんね。

 

だから、良い。だから、面白い。

 

 

わたしは別に「世の女性たちよ!今こそおっぱいを曝け出そう!」とかそういうことが言いたいんじゃない。

何に満足するのか、何に喜びを感じるかは本当に人それぞれだねって話。

 

好きなことやったら幸せになれるとか、嫌いなことは今すぐやめましょうとか、そういうのはどうでもよくて、むしろなんだろう、幸せじゃなくてもやっちゃうみたいなこともあるだろうし、好きだけど嫌いみたいな矛盾もあるだろうし、そういうごちゃごちゃしたのが面白いんじゃないかな。

 

わたしは、そう感じる。

そう感じるように、なった。

 

 

競馬にのめり込みすぎて家を2軒売ったおじさん

会社のデスクに女装セットを隠しているおにいさん

官能小説を1000冊以上コレクションしているおねえさん

 

 

世の中、いろんな人がいるよ。

 

 

わたしだって、今後の人生全く先は見えないし、落ちてるのか上がってるのか、右なのか左なのか、自分でもさっぱりわからない。

 

きっと3日後には、死にたいって呟いたり、勝手に傷ついたり、寂しくて泣いたり、ジェットコースターみたいな思考と感情に振り回されるんだろう。

 

 

だけど。

 

わたしは、そういう人生が好きだ。

 

 

わたしは、もっともっとカオスな世界で、欲にまみれて生きていきたい。

 

そういうわたしに、どうしたって惚れてしまったみたいだ。

 

 

死ぬまで生きよう、どうせだもん。